暮らしの中の仏教まめ知識  第17回『油断(ゆだん)』

暮らしの中の仏教まめ知識  第17回『油断(ゆだん)』

暮らしの中の仏教まめ知識 第17回『油断(ゆだん)』

2021年08月24日
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暮らしの中の仏教まめ知識



「あとちょっとでゴールだけれど、くれぐれも油断しないように。」とか
「今はリードしているが、気を抜いたら逆転されるぞ。いいか、絶対に油断するな!」など
注意喚起の意味で使われる「油断」という言葉、意味はもちろんご承知のとおり「気を抜かない」ですよね。
じつはこの油断という言葉、仏教の「ある例話」から生まれた仏教用語なのです。
『涅槃経(ねはんぎょう)』には、次のような説話があります。
ある王様が家臣に油の入った一つの鉢を持たせ、行動する時にもし油を一滴でもこぼせば、
お前の命を断つであろうと告げ、抜刀した家来をその臣下の後につけさせました。
鉢を持った家臣は注意深くその鉢を持ってゆき、ついに一滴も油をこぼすことがなかったといいます。
このように注意深くあることで、油を断つことがなかった、という事から油断という言葉が生まれました。
また初期仏典には、神仏に捧げる灯火を絶やさぬよう、油を断たないように大切にする、という教えも多く存在し、
そこから油断という言葉が生まれたという説もあります。
いずれにしても、古代インドでは油というものが大変貴重な物であり、
不注意で油を損失してしまわないように、戒めの言葉として油断が生まれました。

また、比叡山延暦寺の根本中堂の不滅の法灯の灯火は、金属製の油皿の中に菜種油を燃料として満たし、そこに灯芯が浸り火が灯っています。
つまり、油がなくなってしまう(油を断つ)と、火が消えてしまいます。
そのため、お堂番は毎日その油と灯心を世話し灯火を消さないように、油を断たないよう今日まで護られてきました。
油断してはいけない、すなわち灯火が消えないように注意しなければいけない、ということから、
不滅の法灯が「油断(注意を怠ること)」の由来と天台宗では言われています。

参考 「禅の視点」HP、「日蓮宗」HP、「比叡山延暦寺(ホトカミ)」HP、ウィキペディア など

照寺(ほんしょうじ)住職 木村 映之(きむら ひでゆき) 
住所 佐賀県鳥栖市本町1886 
電話 0942824461

○浄土真宗東本願寺派 雲山来迎院(ずいうんざんらいごういん) 本照寺(ほんしょうじ)

※どなたでも参加できる行事… ボイストレーニング教室、ヨガ教室、坐禅会、寺子屋(小学生)、オカリナを楽しむ会、
               木曜会(いすヨガ・法話・茶話会)
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